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「山猫姫10」のあとがきを書いています。

 「山猫姫10」のゲラ修正とあとがきをやっている最中である。

 ゲラ修正は、さすがに10年作家を続けているので、それなりにこなすことができるが、「あとがき」だけは、いまだに慣れない。

 なぜ、私は「あとがき」が書けないのか、嫌なのか。その理由を考えてみると、それはやはり、私は「読者の仲間」というポジションに立てないからだと思う。

 ライトノベルは仲間小説である。身内の気心の知れた仲間が、仲間に向けて書いている小説だと私は思っている。

 ライトノベルの多くは「その年代の人が、その年代向けに、つまり身内に語る物語」であり意識的に向き合う必要がない。
 身内に話をするときに遠慮や身構える必要は無い。
 同年代の作家さんたちは、まさしく仲間内、身内に話しかけるように、自然に書ける。
 あとがきも、同じように、意識しなくても、すらすらと書けるに違いない。

 しかし、私とライトノベルのメイン読者層との年齢差は、まさしく親子ほども離れている。
 親が子供に対し、何かを語るとすれば、それは「説教」か「昔話」である。

 つまり、私の書いているライトノベルは「説教」なのだ。【笑

 私の本を読んで「なんだ、こいつ、上から目線で書きやがって」と反発する人がすごく多いのは無理も無いのである。
 だからと言って、これはどうしようもないのである。

 生きてきた時間が違うのだ、同じモノを見ても、そこから感じるものも、経験も、価値観も、全く違うのである。

 私と読者は、仲間ではない。

 私が物語を書くときに考える、最初の出発点はそこである。
 仲間ではないのだから、当然、私の書く物語はシビアな目で見られていることになる。
「俺たちの仲間」なら許してもらえることが、私の書くものは許してもらえない。

 仲間ではない読者が「面白い」と言ってくれるものを書かねば、私は生き残れない。
 ライトノベルは、私にとってホームではない。そこは常にアウェイである。

 だとすると、私が書くものは、年齢や経験や知識の差に関係なく面白く読めるものでなくてはならない。

 それは、いわゆる「王道」と呼ばれる筋運びであり、そこから一歩も外れることができない、ということでもある。

 王道と言うのは、過去において何度も何度もそれこそ星の数ほど生まれてきた物語が通ってきた道であり、いくら頑張っても歯が立たないほどに踏み固められ、磨かれている道である。
 この王道を進みたければ、ここに、さらに「自分だけの面白さ」を刻まなくてはならない。

 「よくある話」だけど「面白い」というルート以外に私に歩ける道はないのである【笑

 こういう書き方をする人間が、物語を離れて読者に語る言葉は、純粋な「解説」にならざるを得ない。
  他のライトノベルと同じように読者の方が「仲間としての作家の言葉」を望んでいるとしても、私にはそれは無理なのだ【苦笑

 というわけで、今回も作品世界の技術レベルの解説と、絵師さんと、銅氏への謝辞でお茶を濁そうと思っているが、今から気が重い【苦笑


「でたまか」の未発表短編について。

「でたまか」は今から10年以上前に、角川スニーカー文庫から出版されたスペオペで、今から6年前の2006年の6月に、カーテンコールのような短編集を出して終わった、全16巻のコンテンツである。
 ライトノベルが今のような「オタク男子向けコンテンツ」として固定化される前の、なんでもあり、だった時代だから、本として出版できたわけで、そういう意味では実に運が良かったと思っている。

 今のライトノベルの流れから見れば完全に異質な物語であり、今なら、このような物語を書いて持って行っても、どこのライトノベルレーベルも見向きもしないだろう。

 今のライトノベルとは、外れてしまったが、では、もう読めないのかと言うと、意外とそうでもないと、自分では思っている。

 逆に「汎用端末」とか「電子人格」とかの概念は、今の「スマフォ」や「siri」などの普及でかえって馴染みが出たのではないかと思うのは、手前味噌かもしれないが、そういう部分以外にも、でたまか、は、時代に乗って書いていない分、今でも読めると思うのだ。

 ライトノベルは生鮮食料品として売られている。
 「今」をメインにして書かれて売られ「俺の嫁はワンクール」が当たり前になっている。
 半年前は「もう古い」一年前は「オワコン」である。

 そういう売り方が当たり前で、常識になった時点で、私のような「干物」や「缶詰」を売っている乾物屋に出番は無いのかもしれないが。そんな中でも「スルメ」や「炒り豆」のような長く楽しめる嗜好品を欲しがるお客さんもいるので、私は何とかライトノベル商店街の片隅で商売を続けさせてもらっているわけである。

 さて、前置きが長すぎた。
 「でたまか」の未発表短編についてである。
 とっくに絶版になっているコンテンツの、未発表短編なんてものに、どれほどの価値があるのかはわからないが、実を言うと、この「でたまか」については、未発表の短編が何本か私のパソコンの中に眠っている。
 
 いまさら本になるわけもないし、組みなおして、他のコンテンツに使おうかと思わないでもないのだが、でたまか、の登場人物は実にこう、個性があるので、他では使えない。

 電子出版という話がどこからか来ないかな?と思っていたのだが、電子出版するとなれば、やはり、鳴り物入りで、人気作家の人気作を電子化したほうがバリューもある、と言うことで、私のような末端のラノベ作家のコンテンツには縁が無い。

 と言うわけで、私のウェブページで、無料で公開することに決めた。
 著作権の関係があるので「でたまか」の文字はどこにもないが、あの世界のあのキャラたちの物語である。

 テキストファイルの状態で、ダウンロードして読めるような形になるのか、ウェブ上で読む形になるのかまだ決まってはいないが、決まったらここでお知らせするつもりである。

 果たして、どれほどの人が読んでくれるのかわからないが、マイドやメイ、そしてケルプたちの物語を、もっと読みたかった人は楽しみにしてもらいたい。

 





アウトニア王国奮戦記 でたまか〈2〉―奮闘努力篇 (角川スニーカー文庫)

アウトニア王国奮戦記 でたまか〈2〉―奮闘努力篇 (角川スニーカー文庫)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2001/05
  • メディア: 文庫



アウトニア王国奮戦記 でたまか〈3〉―純情可憐篇 (角川スニーカー文庫)

アウトニア王国奮戦記 でたまか〈3〉―純情可憐篇 (角川スニーカー文庫)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2001/08
  • メディア: 文庫



面白さを一言で言える物語は面白い。という考え方について。

 なんだか最近「一言で、どこが面白いのかを言えない小説はダメだ」みたいなことを良く耳にする。
 自分で書く小説の「売り」がどこか、と聞かれて、一言で言えないものはダメだ、売り物にならない。みたいな文脈で語られていることが多い。

 確かにそのとおりであり、自分で自分の書いている小説の「何が面白いのか」そして「どこが面白いのか」を認識できるだけの、自己の客観視が必要である。と言う点には同意する。

 この自己の客観視の能力が育っていない人は、作者である自分がわかりきっている情報であっても、それはちゃんと読者に伝わるように書かねば伝わらない。ということを理解できない。

 自分と他人の区別がついていないので、自分がわかりきっていることを書こうと思わない。
 ヒロインが可愛くて健気である。ということを、読者に伝える時に、外見だけを描写して、伝わっていると思い込んだり、ヒロインが主人公に好意を寄せる理由を、書かなくてもわかると思い込んでいる。

 こういう人に対して「自分の書く物語のなにが面白いのか」や「魅力的で読者をひきつける場所はどこなのか」を意識して書くことが大切である。言うことを教えるために
「どこが面白いのかを一言で言えるようになれ」と言うのは間違いではない。

 しかし、「一言で言えないものはダメ」みたいな言い方は、いささか間違った方向に行っている様な気がしてならない。
 それは、一定の数を落とすことが決まっているときの、足切りの理由である。
 こういう考え方をしていると、足切り理由を見つけることが、目的になっていく。

 商業出版においては「売り上げの数字が出ないものはダメだ」という厳然とした物差しがある。
 しかし、これは世に出た後の判断の物差しであり、世に出る前の物差しではない。この物差しを世に出す前に適用するのは「売る前に、売れるものがわかれ」と言うくらいむちゃくちゃな話である。

 こういう「足切りの理由」が大手を振って歩き始めると、小説の良し悪しをそれで計る、みたいなことになりかねない。
「尖ったところがない」と言う言い方も、これに似ている。

 尖ったところと言うのは「目立つ部分」と言う意味だが、なぜそこが目立ったのかと言えば、そこが面白いからである。
 グダグダで読めない部分が目立つ小説を「尖った小説」とは言わない。

 つまり「優れている部分」「ちゃんと読める部分」「読んでいて引き込まれる部分」これらの総称が「尖ったところ」なのである。

「今までに無かった切り口」とか「斬新なアイディア」という意味だとしてもそれはすべて、後ろに「面白いもの」という単語がつく。
「今までに無かった切り口で書かれていて面白いもの」であり「斬新なアイディアで書かれていて面白いもの」が評価されると言う意味であり。決して「今までに無かった切り口で書かれているが、読めないつまらないもの」が評価されるわけではない。

「一言で、どこが面白いのかを言える小説」を目指すのは構わないが、それだけになると逆に「売りが一つだけの単純で薄っぺらな小説」になってしまうのではないかと心配である。
 あれもこれもととっ散らかってしまうようでは、一つに絞るのも当然だが「どこが面白いのか一言で言える小説」というのは、いわば、牛丼弁当や唐揚げ弁当のようなものかもしれない。
 一つだけのおかずをメインにして弁当を作れば客は迷わない。
 牛丼が食べたい人、唐揚げが食べたい人は迷うことなく欲しいものを手に入れることができる。
 売るのも楽だし、客とのミスマッチは存在しない。

 しかし、牛丼や唐揚げと言う単品のおかずで勝負すると言うことは、バリエーションが少なくなるということであり、さらに言うなら競争が激しくなるということでもある。
 誰もが牛丼を作り、唐揚げを作り、少しでも手にとってもらうために、シノギを削る。
 書店の棚に並んでいる新刊の山を見るたびに、、私はそんなことを考える。
 牛丼や唐揚げは、求める客の数が多い。そこで差を見せることができれば、売れ行きはあっという間に増えるだろう。

 その、牛丼と唐揚げの過当競争から抜け出す方法は、どうにかして他のものと差異をつけることである。
 しかし、牛丼も唐揚げも、単品である以上、差を出すのは難しい。

 私が考えたのは、デラックス幕の内弁当である。
 牛皿と唐揚げと、サラダ煮物と玉子焼きを全部おかずにするのである【笑
 様々ないくつもの面白さの要素をしっかり書くことができれば、その小説は複合的な面白さを持つことができるはずである。
 「ご主人様は山猫姫」は、ミーネとシャールのラブコメと、戦記ものとしての戦闘や謀略。そして付け合せに、サブキャラ同士の恋愛模様と、架空の歴史を作る面白さを添えて、てんこ盛りにした幕の内弁当、なのである。

 山猫姫は「どこが面白いのかを一言で言えない小説」である。
 「一言で、どこが面白いのかを言えない小説はダメだ」と言う物差しで計れば、文句なしのダメ小説である。
 しかし、十巻まで巻を重ね、部数もそこそこの数字を維持しつづけているのも事実である。
 私は牛丼や唐揚げで勝負することを否定しているわけではない。選択肢をそれだけに絞ってしまうのは、いかがなものか、と言っているに過ぎない。

 作家志望者の方々は、その辺のところをちょっと考えて見て欲しいものである。

フランスの飛行機マンガ「雲の彼方」と「ル・グラン・デューク」について。

フランスのマンガ、いわゆる「ヴァンド・デシネ」の戦争マンガ「雲の彼方」と「ル・グラン・デューク」が日本語訳されて、イカロス出版から市場に出ている。
 なんというか、これは、すごいレベルのマンガである。
 物語は、しっかりしているし、考証もガチだし、ドラマはあるし、正統派の戦争マンガである。
 フルカラーの誌面を見ていると、これはまさに「映画」である。
 構図はカメラワークであり、表現はエフェクトである。


雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ

雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ

  • 作者: レジ・オーティエール
  • 出版社/メーカー: イカロス出版
  • 発売日: 2012/03/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




「雲の彼方」は、第二次世界大戦前の、いわゆる「大戦間」の郵便機の遭難エピソードから始まって、アメリカ人のパイロットとフランス人のパイロットの愛憎を織り交ぜて、第二次世界大戦になだれ込んでいく。
 ここに描かれたスピットファイヤとムスタングの美しさはどうだろう。
 ため息しか出てこない。

ル・グラン・デューク

ル・グラン・デューク

  • 作者: ヤン
  • 出版社/メーカー: イカロス出版
  • 発売日: 2011/09/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




「ル・グラン・デューク」は、東部戦線の夜間戦闘機のドイツ軍パイロットと、いわゆる「魔女飛行隊」と呼ばれた、ソビエト軍の夜間爆撃機【布張り複葉機】の女性パイロットの物語である。
 主人公は、途中で「ウーフー」と呼ばれるドイツ軍の傑作夜間戦闘機に搭乗するのだが、これほどまでに美しく描かれたウーフーを見たことは無い。

 ドイツ軍が機上レーダーを実用化させるまで、夜間戦闘機は、目視で目標を発見し攻撃しなくてはならなかった。
 その頃、西部戦線ではイギリス軍が機上レーダーを実用化して、高速戦闘機モスキートに搭載して、夜間爆撃を行うイギリス軍のアブロランカスター爆撃機の護衛を行っていた。

 夜間戦闘機同士の戦いは、まさしく暗闇で手探りで戦うようなものであり、レーダーを持たないドイツ軍側の夜間戦闘機は、イギリス軍のモスキートに不利な戦いを強いられていた。

 後方から忍び寄ったモスキートに闇の中から機銃を打ち込まれて撃墜される者が続出した。
 だが、その最初の一撃をかわす事ができれば、生存率は上る。
 
 レーダーを持たぬドイツ軍パイロットは、かすかな光や、動きを感じ取って、モスキートの一撃を避けようとした。

 その戦いは、どれほど息詰まるものだったのだろう。このシチュエーションを書きたくて仕方が無い。

 話が脱線してしまった。私の悪い癖である。

 話を元に戻すと、今の日本には、これと同じようなマンガを支える基盤があるだろうか? と言う話になる。

 週刊誌で連載されたマンガが単行本になる以外の、いわゆる「書き下ろし」マンガはほとんど無いし、マンガといえば単色刷りが当たり前で、オールカラーなんて贅沢なものは、簡単には出せない。
 この二冊が、いずれも3000円近い値段になっているのも無理は無い。

 次から次に追い立てられるようにマンガを量産し、雑誌に掲載して、それをまとめて単行本にする。と言う日本のマンガ出版システムでは、とても手が出せない。これほどの冒険を犯す出版社は日本には無いだろう。

 これと同じレベルのマンガを描ける人材が、もし、今の日本に存在したとしても、その人は、今の日本では食べていけない。
 日本には、そういう人材を生かすシステムが無い。

 でも、本当にそうなのだろうか? 
「買って読んで、ブックオフに売るマンガ」ではない「買って読んで、取っておくマンガ」は、成立しないのだろうか?

 もし、そうだとしたら、日本の商業マンガ文化と言うのは、実に単調なものだということになる。

 ビジネスとして、成立させるための効率性の追求。コストのカット。最小限の投下資本で最大限の利益を出すシステムの追求。
 それはビジネスとしては当然の行為であるし、それをやらねば、利益が出ないのも事実である。
 となれば、こういうマンガを世に出す手段として同人誌を選択するのも一つの方法である。

 コンテンツが画一化していくと、それに納まらないコンテンツが、スピンオフしていく。
 そのまま消えるものもあれば、しっかりと根付くこともある。
 
 人々の趣味嗜好が多様化しつつある現代において、ビジネスの常識である効率化は、コンテンツ産業にとっては衰退化に向う道だと私は思う。

 私は、損をしてまでこういうマンガを出せと言っているわけではない。
 どかんと売れること。だけを目標にして、それ以外のものは切り捨てる。と言うやり方に徹するのではなく、ちょっとだけ余裕を持たせてもいいのではないか? と言っているだけである。
 
 これは、損をしない程度に売れる。と言うコンテンツにも愛の手を。という、実に切実な訴えでもある【苦笑

 
   

早川書房の「宇宙軍士官学校―【前哨】スカウト― について。

 先日、ここで7月に早川書房から「宇宙軍士官学校―【前哨】スカウト―」という本が出ることをお伝えしたが。この本のカバーイラストを、漫画家の「太田垣康男」氏に描いて戴ける事が決まった。

 まだ、どんな物になるかわからないが、太田垣氏といえば「MOON LIGHT MILE」のような圧倒的な精緻な書き込みと、漢と書いて【おとこ】とルビを振るような人物描写を期待してしまう。

 私が書いた物語は、どちらかと言うとR・AハインラインのジュヴナイルSFを念頭に置いて書いたもので、漢の物語、と言い切るには少々幼く感じるかもしれないが、物語が佳境に入るに連れて、内容はかなりシビアなものになると思うので、期待はずれだとお感じになるかもしれないが、長い目で見ていただけると嬉しい。

 R・Aハインライン。と言う名前を出したが、私はハインラインを崇拝している。
 ハインライン自身は、そういう崇拝の対象にされることを嫌っていたそうだが、それは「異星の客」が世に出た時に、ヒッピーのバイブル的に扱われたことで、かなり迷惑を蒙ったためらしい。

 ハインラインの著作として有名な「宇宙の戦士」は、ジュヴナイルとして執筆されたと言うのは有名な話だが、欧米のジュヴナイルは、アーサーランサムの「ツバメ号とアマゾン号」などに代表されるように、少年向けと言っても、大人が読んで充分に楽しめる物語であり、私は子供の頃から、その類の物語を読んで育ってきたわけである。

 人間は、今までに見てきたものや、読んできたものを自分の中に取り込んで、そこから物語を紡ぎ出す。
 
 となれば、私の中にある物語の記憶は、アーサーランサムや、ハインライン、そして佐藤さとる氏の「コロボックル童話」から始まっている。

 私がライトノベルを書き始めたのは、40歳になってからである。
 つまり、私の記憶の中に、ライトノベルが占めている割合は、他のどのジャンルの物語よりも浅いと言うことになる。

 私は、ほとんどライトノベルを読むことなく、ライトノベルの小説大賞に応募し、最終選考で拾われて、ライトノベル作家となった人間である。

 売れている、売れ筋のライトノベルをたくさん読んで、売れ筋をつかまなくてはライトノベル作家になれない。などという説をまことしやかに唱えている方もいるようだが、私のような例外もいる、ということを申し上げておきたい。

 私は、ライトノベルと言うのは、十代の若者も読んで楽しめる、エンタティメント小説の総称だと思っている。
 
 十代の若者【が】読める。ではない。十代の若者【も】読める。である。

 二十代、三十代、四十代、五十代の人が読んでも楽しめて、十代の若者【も】楽しめる物語。
 ようは、面白ければなんでもあり、がライトノベルだと思っている。
 
 これは私がそう思っているというだけのことであって、そうでなくてはおかしいとか、そう思え、とか、これが正しくてそれ以外は全部間違っている。などというつもりは全くない。

 どう思うのも、どう論じるのもその人の自由である。
 その人が、そう思い、そう主張することが許されるように、私がこう思い、こう主張することも許されるはずである。

 自分の思っていることだけが正しくて、自分の論を主張することだけが許されるべきだ。とお考えの方は、きっと天皇家から錦の御旗を渡されたか、天使が降臨して、神軍の先兵としてラッパを吹いてくれたのに違いない。【笑

 そういう、やんごとなきお方は、私のような下々のラノベ作家のところに来ないで欲しいものである【笑

 さて、話が脱線したが「宇宙軍士官学校」は新シリーズであり、三部作を予定しているが、実を言うと一冊分として考えたプロットの三分の一を書いただけで、一冊になってしまったので、下手をすると、全5巻あたりになるかもしれない。

 そこまで書かせてもらえるかどうかは、売れ行きに掛かっているので、お約束はできないが、終わらせる時はちゃんと終わらせるつもりなので御安心願いたい。

 この「プロットの段階で決めた分量が、書いて見ると膨れ上がる」というのは、私の悪い癖で、山猫姫も、当初は3冊か5冊、と思っていたのだが、あっという間に10巻である。
 
 なぜ、プロットの段階から、倍に膨れ上がるのかというと、答えは簡単なことで、プロットの段階では、物語の筋書きしか考えていないからである。

 山猫姫で言えば「タッケイ族のスンタタがお忍びで延声にやってくる」 というプロットの一行が、実際に文章にすると、どれほどの事を書かねばならないかというと。

 ・延声の街の様子、街の表情。
 ・延声の警備の様子。不審者が入り込まないように衛兵が見張っている様子。
 ・警備の兵士が、帝国兵とシムールの戦士が合同で行っている様子。
 ・帝国の街に不慣れなスンタタたちの様子
 ・シムールの戦士が、スンタタに気がつく様子
 ・スンタタを案内する。ほっとするスンタタ。

 とまあ、これくらいの情報量に膨れ上がるわけである。
 ただ、スンタタが延声に来た。だけではないのだ。
 シムールの族長が、帝国の街に来たら、どうなるか、を脳内でちゃんとシミュレートしなくてはならない。

 街にはその街のシステムがあって、そのシステムで動いている。これは必然であるが、書かねば伝わらない
 スンタタはシムールであり、帝国のことに疎い。帝国の街に来て驚く、これは必然である。これもまた書かねば伝わらない。
 延声は北域国の首都として、晴凛の治世の下で、シムールと帝国兵が共存している。その共存の様子を説明しなくてはならない。
 その共存を目にして、スンタタが、感心し、晴凛の言っていることがおためごかしではないことを実感する。

 これだけの情報量を、その「スンタタが延声の街にやってきた」ことに載せなくてはならないわけである。
 異なる立場の人間を、別の場所に立たせるとしたら、そこに認識の差があるのは当然なのだ。これを省略してしまえば、話はサクサク進むが、その人物の背景は薄っぺらになる。

 物語の流れを追うだけで一冊分あるとしたら、その物語の上に、会話やドラマを乗せれば、それは一冊分におさまるはずも無いのである。

 ともあれ「宇宙軍士官学校」がスタートする。楽しんでいただければ幸いである。
 

羽咋市のコスモアイルで思ったこと。

9日に金沢から埼玉の家に戻ってきたが、その途中で羽咋市のコスモアイルに行って来た。
コスモアイルというのは、ここで私が説明するよりも、こちらのリンクに飛んで、ウェブページをご覧戴いた方が話が早いだろう。

http://www.hakui.ne.jp/ufo/

 羽咋市は、UFOの目撃が多いことから、UFOの街として町おこしを行っており、このコスモアイルにも、UFO関連の展示がいくつかある。
 UFO資料室もあって、その名誉室長は、あの「矢追」さんである。

 UFOも興味があるが、私は、現物の方に興味がある。
 展示室には、アポロ宇宙船の司令船や、着陸船、ボストークの地球帰還用カプセルなどの実物が展示されており、息が掛かるくらいの距離に近づいて、しげしげと見ることが許される。

 私の目を引いたのは、アポロ宇宙船の司令船のハッチの内側の機構だった。

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 ハッチを閉鎖する、ロック機構はすべてロッドで連結され、連動するようになっているが、そのロッドも、連結リンクもすべて削り出しの部品で、キレイに表面仕上げされている。
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 こうやって、写真で見せれば、誰でも理解できる。
 おそらくイラストや絵でも、この機構の複雑さと、部品レベルの仕上げの素晴らしさを伝えることができるだろう。
 
 だが、私は作家である。この機構の複雑さと精緻さを、文章で表現しなくてはならない。
 それも、簡潔に、一行か二行で。
 
 それの能力が作家という仕事を支えているはずなのだ。

 私は実物が好きで、実物を見に行って、実物に触れて、取り扱って、その感触を自分のものとして経験値に取り込むのが好きだ。

 しかし、そうやって実物を見て、触れたときの感触や、私の意識の中に浮かんだ印象を、どう書けば、読者に伝わるのだろう。と考えると、いつも途方に暮れる。

 拙いなりに、脳内の少ない語彙をひっくり返し、言葉を探して紡いでは「コレジャナイ」とつぶやく日々である。

 難しい単語や概念を、そのまま並べれば、それで説明した気分になることができる。
 しかしそれは、自己満足でしかない。
 
 描き出すだけなら、誰にでもできる。それを伝えることが難しい。

 司令船のハッチの機構で言うのなら。
 「削り出し」→大量生産のプレスや鋳物ではない、手作り部品であること
 「表面仕上げが為されている」→鏡面にすることによって、円滑で確実に作動し、余分な抵抗が生じない。機密性が保たれる。
 こういった、言葉の奥にある意味、概念をリンクさせ、読者に「それはつまり、すごい労力と技術の結晶体のようなものである」ことが伝わるような文章を、より短い言葉で表さなければばならないわけである。

 小説と言うのは、まず、読者に伝わる文章を書いて(これだけでもハードルが高い)
 その文章で物語を動かし、そこにさらにドラマを加えて、読者の情動を動かさねばならないわけである。

 外見を描写して、その背景にあるものとリンクさせ、それはつまりどういうことなのか。そこに読者の意識を誘導させて、読者に気づいてもらわねばならない。

 作家が書いてはいけないのだ。それは最後の手段である。読者をして正解に至らしめるように書くことが、作家には求められているような気がする。

 当然、そう書いても、わかってもらえないことの方が多い。
 それは作家の力量不足であるのと同時に、読者とのミスマッチでもある。

 「ご主人様は山猫姫」を読んだ読者の方の感想には
「余分なことを書きすぎる。ミーネとシャールのハレムだけを書いてくれればいい」
 と言う人もいれば
「余分な事を書きすぎる。ミーネやシャールのことにページを割くのは無駄だ」
 と言う人もいる。

 晴凛が「許す」ことで、人の上に立つ。人を使う立場に立つと言う描写を。
「許すだけで人の上に立てるものか、タガが緩んで、どうしようもなくなる」
 と言う人もいれば。
「許されることで、人は感謝の念を抱く。寛大さは人を使う者に最も必要な要素である」
 と言う人もいる。

 これはすべて、読者の経験値と価値観の違いであり、このどちらの印象も読者にとっては正しいわけである。
 
 私がよく使うたとえ話で言うところの「コップ半分のジュース」である。

 「コップに半分入ったジュース」の写真を見て
「まだ半分もある」と思うか「もう半分しかない」と思うか。
 それは見た人の経験や価値観によって異なる。

 同じ写真を見ても、それから引き出される印象は違い、結論も異なる。

 それを、文章によって同じ方向に誘導するのが、作家の仕事なのである。
 
 コスモアイルのアポロ司令船の話から、大きく脱線してしまったが、最後にコスモアイルのトイレの表示の写真を載せて終わりにしよう。

 こういう遊び心が、今の日本には必要だと思うのだ。【笑

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二ヶ月ぶりの金沢訪問

 6月に入って、金沢大学の寮で一人暮らしを始めた次男の様子を見るついでに、扇風機や夏物衣料などの品物を持って行こうと思っていたら、長男が「俺の新車で遠乗りついでに行ってやる」と言い出した。
 
 新車と言ってもダイハツのミラ・イースである。
 アイドリングストップ機能の付いた軽のエコカーで、埼玉から金沢まで行くのは大変だ。軽で長距離走るのは、サスペンションとかシートの関係で、普通車より疲れるぞ。と言うと、親父も一緒に行こう、運転を交代しながら行けば、疲れ手も大丈夫だ。と言われた。

 確かに「山猫姫10」と「宇宙軍士官学校」の初稿が上ってゲラが出るまで、三日ほどスケジュールが空いたし、伏木の北前船資料館と、海王丸、を取材しようと思っていたところなので、よし、では俺もついていこう。ということで、急遽ビジネスホテルを予約して、6月7日の午後4時10分に埼玉の花園インターから高速に乗った。

 巡航速度は90キロ前後で走行車線をキープしつつ走る。
 カーナビは到着予定時刻を午後9時40分と表示していた。

 上信越道を通って、東部湯の丸で運転交代。長男がハンドルを握って、更埴ジャンクションから上越を目指す。

 部分的に対面通行の残る区間で上り坂でトラックの後ろにつくと、70キロくらいまで速度が落ちる。
 インターに差し掛かると、追い越し車線ができるので、何とか抜くと、またもや前にトラックが……。
 まあ、なんとかそれでも上越ジャンクションから北陸道に入って、名立谷浜でガソリン給油して運転交代。メーターには「リッター18キロ」の文字。
 フルタイム4WDでこの数字は、たいしたものである。
 
 私のステップワゴンフルタイム4WDは、いくら頑張っても高速でリッター12キロくらいしか走らない。平均してリッター10キロである。

 そのまま途中でトイレ休憩を挟んで。次男の寮についたのは午後9時50分。
 怖いくらいカーナビどおりであった。

 晩飯はまだ食べていない。来るのを待っていた。というので、野々市のチャンピオンカレーの本店で、三人でLカツカレーを食う。

 次男も長男もさっさと食べ終わり、私だけがもたもたと食い終わる。
 夜中の10時過ぎにカツカレーを食うのは、いささか辛い【笑

 そして、翌6月8日。

 次男は授業がある。というので、乗り鉄の長男と共に高岡まで行って、万葉線の終点、越の潟で長男を降ろす。
 長男は万葉線で高岡に出て、高岡駅の駅の立ち食いソバで、ソバとうどんが半分ずつ入った「ちゃんぽん」を食べて、富山に向かい、富山地方鉄道に乗るとのことなので、ここで別れて、海王丸を取材に行く。

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 海王丸を見学するのは実は三回目である。
 
 実を言うと、私は、ずっと海洋冒険ものが書きたくて、企画を暖めている。
 その話は、いわゆる史実に忠実な物語ではなく、山猫姫のような世界観の海洋冒険ものである。

 主人公が乗り込むのは、軍艦ではなく商船。それも交易船である。

 交易船というのは、品物を運ぶだけではなく。積荷を先々の寄港地で売り、その代金でその地方の産物を買い込み、それを品薄な場所で、高値で売ることで、利益を出す商船である。

 日本で言えば、北前船が、この交易船である。
 大阪で、ムシロや布や酒を積み、日本海側を北上しながら、それらの品物を売って、代わりに産地の品を積み込み、最終的に北海道や青森で、昆布や干した鮭やタラを仕入れて大阪に戻ってくるのである。
 
 大阪に無事に戻ると、蝦夷地で仕入れた昆布は、高い値がつき、一回の航海で三千両の儲けがあった、と言われている。

 この北前船の寄港地が、海王丸の置かれているすぐ近くの伏木港であり、ここには、当時の廻船問屋の屋敷を使った北前船資料館がある。

 この屋敷には、伏木港に出入りする船の旗印を確認するための「望楼」が残されており、当時はここに、遠眼鏡を持った使用人が交代で詰めて、入港する船の旗印を確認して、報告していたそうである。

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 なかなか洒落たというか、和風の天守閣のようなつくりで、内部に入ると、大人が四人も入れば窮屈に感じるほどの狭さだが、窓の戸板を跳ね上げると、それが日よけになっており。なかなか考えて作られている建物だった。

 そこから見えたのは、北前船ならぬ、豪華客船だった。
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 コスタ・ヴィクトリアという豪華客船が、伏木港に入港していたのである。
 この船は、今まで地中海などのクルーズに使われていたが、今年からアジア方面のクルーズを始めたそうで、日本発で韓国や中国を回るクルーズが7月8月に計画されているそうである。

 今回は、韓国発のチャーター船で、鳥取の境港や、伏木港に寄港して、韓国に戻るそうである。
 
 なんでも観光客をバスに乗せて、富山市内まで買い物ツァーが出ているそうで、、この豪華客船は寄航先で主の珍しい物を買って帰る、現代の北前船なのかもしれない。

 明日には埼玉に戻るのだが、金沢は夜になって本降りとなった。
 ホテルの窓の外の雨音を聞きながら。このブログを書いている。


鷹見一幸と榎野英彦について

ツィッターなどで、今でも「鷹見一幸は他人の話でデビューした」と言っている人を見かけることがある。
 
 まあ、そう思われたほうが色々楽だし、特段困ることも無いのだが、出版関係者の、いわば身内の方の中にもそう思っている方が見受けられるので、ちょいとネタばらしをしておこうかと思う。

 私が商業誌に名前を載せて仕事をしたのは、アニメ情報誌「月刊OUT」の臨時増刊号(1982年7月号臨時増刊号)「アニメ・パロディ・コミックス」掲載のアニメパロディ小説「大いなる挑戦」【イラスト ゆうきまさみ】である。
 
 このとき使ったのが「榎野 彦」(えのきの ひこ)というペンネームで、これはそれ以前から作画グループでマンガを描いているときに使っていたペンネームで、佐藤さとる氏の「コロボックル童話」の登場人物「エノキノヒコ」から来ている。

 その後、月刊OUT本誌や、別冊で小説だけでなく、パロディ企画や、人生相談ギャグコーナーなどを担当していたが、これもすべて「榎野 彦」名義で仕事をしている。

 これを書いていた当時、私は現役の警察官だったのだが、月刊OUTの副編集長に、実兄であるR2がいたので、稿料やそういう関係は、すべて兄の方で処理してもらい、私のところには入ってこないようにしてもらっていた。

 月刊OUTで仕事を始めると、やはり色々付き合いが広がっていく。
 その後は、月刊OUT以外の様々な仕事に名前を出さないように頼み込んで関わり続け、月刊OUTの編集長を退職した後に、樹想社を興したT氏のところで「こちら亀有公園前派出所」のムック本「カメダス」のライターをやったり、アニメや広告の企画に関わっていた。

「榎野英彦」を使い始めたのは、双葉社の雑誌「20世紀ブックス」で「アニメの中の名セリフ」などの企画をやり始めた頃で、このペンネームは兄が使っていた「柊野英彦」というペンネームと私の「榎野 彦」との合同ペンネームである。
 文章は私が書いているが、名義は兄である。

 その後は、友人のマンガ家さんのアイディア出しや、CMプランナーのブレインストーミングに参加したりしながら、これといって名前を出すことなくごく普通の警察官として勤務していた。
 
 そして40歳になったときに、友人のマンガ家が逝去したことを聞いた。
 彼は、東京にいた頃は有名なマンガ家さんのアシスタントをしていて、作画グループのつながりで知り合って、よくメシを食いに行ったり、バイクでツーリングをしたりしていた仲だった。
 その後、マンガ家として一本立ちした彼は、週刊連載を持ったりして、バリバリ書き始めた。
 忙しい中で彼に会った時、私は彼にこう言われた。
「あんたも、人のアイディア出しとか企画に関わるばっかりじゃなく、自分の名前で何か書けばいいのに。たとえ名前が残らなくても書いたものは残るんだからさ」
 私は、そのとき、何と答えたのか覚えていない。
 おそらく、笑ってごまかしたのではないかと思う。

 彼が死んだ。という知らせを聞いたとき、私が最初に思ったことは、お悔やみでも悲しみでもなかった。
 こう言うと不謹慎に取られるかもしれないが。私が最初に思ったのは。

 『もう、二度と彼の書く物語は読めないのか!』

 と言う衝撃だった。
 
 彼がアシスタント時代に、スケッチブックに書いていた魅力的なキャラクターたちも、居酒屋で語った波乱万丈の物語も、もう、二度とこの世に出ることは無いのだ。

 彼は彼の頭の中にあった、何千何百と言う物語を、何一つ世に出すことなく、この世を去ってしまったのだ。
 
 私は、それが悲しかった。彼の死よりも、彼の死によって物語が世に出ないことが悲しかった。
 
 そして、私は、40歳の年に、小説を書き始めた。
 パロディでもなんでもない、少年向けのちょっとSFっぽい、学校を要塞化して襲ってくる敵と戦うという物語だ。
 タイトルは「ピクニックは終末に」

 そして、書き上げたはいいものの、どこに送っていいのかわからなかった私は、知り合いのマンガ家さんとか、マンガの編集さんにその原稿を読んでもらい、どこに持ち込めばいいのか尋ねてみた。そして
「これなら電撃ゲーム小説大賞がいいんじゃないか?」
 と言うアドバイスを受けて、その年の電撃ゲーム小説大賞に送った。
 この当時は「電撃大賞」ではなく「電撃ゲーム小説大賞」だった。
 このときのペンネームが「榎野英彦」である。
 
 その後、私は本職の方が忙しくなり、月の半分近く家に帰れず、署の道場に布団を敷いて寝泊りするようなことが続き。気がつくと、大賞発表が過ぎていた。

 何の連絡も無かったし、ああ、ダメだったんだなあ。と思っていると、読んでもらったマンガ家さんから「あんたの小説、最終選考まで残ってたよ。惜しかったね。私の担当が角川に知り合いがいるから、会ってみないか?」と言われ、ダメで元々。と思って角川に行った。

 当時の角川書店は、今の本社ビルが建築中で市谷の駅前にある青いガラスのビルに間借りしていたのを覚えている。

 のこのこと、角川に顔を出すと、エレベーターホールで、顔見知りの編集さんにばったり出会った。
 当時、その編集さんは「ザ・ホラー」というホラー雑誌を担当しており、私が色々怪談のネタを持っているのを知っていたために、いきなり「あら久しぶり、あ、いい所で出会った。うちで今怪談の企画やったるんだけど、うちで書かない?」と仕事を振られた。

 怪談も面白そうだなあ、と思って話を聞こうとすると、そこにスニーカーの編集さんが来て。
「何やってるんですか?」
「え? いや、ライターさんに仕事頼んでたんだけど」
「ライター?」
「この人ライターさんでしょ?」
「いいえ、うちで書くかもしれない作家さんですけど」
「えー、作家になっちゃったの?」

 というコントのような会話をするハメになった。

 そして紆余曲折会って、メディアワークスから「ピクニックは終末に」は「時空のクロス・ロード ピクニックは終末に」として出版されることになったのだが、当時私は現職の警察官で、それも管理職だったので、さすがに、まずい。と言う話になった。

そこで考え出したのが「榎野英彦」から原案をもらった「鷹見一幸」が書いたということにしよう。間に架空の人物を一人挟み、名前も年齢も変えてしまえば、いいだろう。印税も振込先を変えて、そこから全額寄付して領収書をもらっておけば、もし、何かあっても、金銭の授受は無いことになる。

 と言う方法だった。
 かくして、この世に「鷹見一幸」が誕生したわけである。

 私は「榎野 彦」「榎野英彦」「邦 彦」「竹一本」「韮山 豊」などのペンネームで、色々なところで仕事をしてきたので、ペンネームにこだわるつもりは無かった。
「鷹見一幸」も、そんなに長く使うつもりは無かったのである。

 作家にしろライターにしろ、肝心なのは「書いたもの」である。
 「書いたもの」が面白くなければ、どんな名前をつけようと、その人間は認められない。
 逆に「書いたもの」が面白ければ、それはどんな名前でも通用する。

 はっきり言って、書いたのが人間でなくてもいいのである。コンピューターが書こうが、チンパンジーがタイプライターをランダムに打って出た文字列が、偶然文章になっていようと、その文章が面白ければ、その文章は価値を持つ。

 作家の正体が不明で、毎日、どこからともなく原稿が送られてきて、それをまとめて本にしたものであっても、その本が面白ければ、本は売れる。

 そう考えると、作家の名前に何の意味があるのだろう?【笑
 ましてや作家のパーソナリティなどに、意味を求める方が間違っていると思うのだ。

 鷹見一幸と言う名前は、私が小説を書く時の「仮面」の名前である。
 私は戸籍上の本名で生活しているし、それで何の不便も無い。
 
 作家はアイドルでもタレントでもない。作家は面白い小説を書くことが仕事であり、言い換えれば面白い小説だけ書ければ、それで仕事は終わりである。

 念のために言っておくが、これは「私がそう思う」というだけのことであり、「これが正しい」とか「お前らもこう思え」と主張するつもりは全く無い。

 私と違うように考え感じる人がいて当然である。その人の思想や価値観に異議を唱えるつもりは無い。
 
 ここは私のブログであり、ここで私が、私の思うところを書いた。
 ようはそれだけのことであるので、誤解無きように。【笑

「山猫姫10」と「宇宙軍士官学校」が出ます。

四月にブログを書いて以来、丸二ヶ月ぶりの日記である。
この二ヶ月間何をしていたかというと。ただひたすら小説を書いていた。
電撃文庫の「ご主人様は山猫姫・10」と早川書房の「宇宙軍士官学校【前哨】」の二冊である。
 当初の予定では宇宙軍士官学校のほうが先に書き終わっていなければならなかったのだがこれが遅れに遅れた。
 「銀河乞食軍団黎明編」からこっち、早川書房の皆様にはご迷惑を描けどおしである。

「宇宙軍士官学校」は7月末に、「山猫姫10」は8月10日に書店に並ぶ予定である。
また、詳しいことがわかり次第こちらでお知らせするつもりである。

 それにしても、「士官学校」を書き始めたのが一月なので、約半年掛かったことになる。
 なぜ遅れるのかというと、これは描き始めるまえの「見積もり」のミスである。 プロットを書いて「これで一巻分」と思って書き出すと、全く追いつかない。
 書き始めると、とにかく情報量が多すぎるために、情報の交通整理をしなければならなくなるのである。
 
 この情報量というのは、読み取れる人にとっては有意義だが、読み取れない人には、全く意味が無い。
 誰でもわかる、わかりやすいことを優先させるには、この情報量を削ればいいわけである。 しかし、なんでも削ってしまえば、物語は成立しなくなる。
 キャラクター情報だけを残し、それ以外の部分を削って、わかりやすく読みやすくしたものが求められるし、好まれるのは当然である。

 ただし、そういう物語は、キャラクターを追うだけのものになりやすい。カメラはキャラクターだけを追いかけ、キャラの前に次々に謎を置いていくことで、物語にテンションを与えるというトランプ型の手法を取ることになる。
 
 作者は、物語に関する手札をすべて伏せており、キャラクターの行動に従って札を開いていくのである。
 これは読者をひきつけるには最良の手である。問題はネタバレに弱いところだろう。
 誰か先に読んだ読者が、作者が伏せた手札を言ってしまえば、もう、その手札の効果は無くなるわけである。
 少ない情報量で読者を楽しませるには、こういった手札を伏せるトランプ型の物語が適している。

 一方私のように、すべての情報を隠すことなく読者の前に提示する物語、いわゆる将棋型の物語を書くには、いかに読者に情報を提示するか。という部分が問題になる。
 敵の行動も、行動の理由も、それに対する主人公側の行動の理由も、すべて事前に読者に提示しなければならないのだ。
 
 そうやって、すべての情報を提示した上で、さあこれから、この小説の中で、どんな戦いが行われるのか。という部分に読者の興味をひきつける訳である。

 これはキャラクター情報だけでは支えきれない。キャラクターを取り巻くすべての駒の動かし方とルール、いわば物語という将棋盤の上にあるキャラクターすべての情報を読者に提示して、読者に理解してもらわねば、将棋の対局の面白さはわからない。

 ライトノベルは基本的に手札を伏せたトランプ型の物語がメインである。
 だからネタバレに弱くなる。

 そして、こういう物語に慣れた読者、と言うか、こういう物語しか知らない読者が、すべてが盤上に明らかになっている将棋型の物語を読むとこういうのである「予定調和で面白くない」と【笑

 将棋のルールも駒の動かし方も知らない人間が、将棋の対戦を傍で見ていれば、きっと同じことを言うだろう。同じような駒が同じように動いて、取って取られて、「参りました」となるわけで、そこに存在する駆け引きとか、腹の探りあいとか、先の読み合いとかを読み取れねば、それは予定調和なダンスをやっているようにしか見えないだろう。

念のために言っておくが、これは、物語の構造が違うだけで、どちらが上だとか下だとか言っているわけではない。
 
 読みやすく、わかりやすく、キャラクターの魅力で読者をひきつけ、キャラと共に物語の世界に入っていく方法を取るとしたら、トランプ型が適しており。
 
 世界全体を俯瞰的に見て、個々のキャラよりも全体の局面の流れをみることに興味がある人向けに書くとなれば、将棋型が適している。というだけのことなのだ。

 私は、どちらかというと、後者の物語が好きなので、私が面白いと思っている後者の進め方で物語を書いているわけである。

 こういう物語の書き方をするとなると、物語を俯瞰した見方になるのは仕方が無い。
 いわゆるキャラ萌えの方から見ると、実に冷たく突き放しているように見えるようだが、その辺は仕方が無い。

 私は、読者に面白いと思ってもらえる物語を書くのが仕事だと思っている。
 面白い物語を書くことで私の仕事は終わりである。
 別に読者に面白いと思ってもらえる作者になるつもりはない。

 作者と読者は仲間であると思い込みたがっている方が、良く私のあとがきに文句をつけているが。私はどうにもそういう人々の言っている意味がわからないのである。【笑

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