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【小説講座・その5】『記憶力と観察力が発想の引き出し』

 ボーイスカウトのスキーツァーの付き添いのために、湯沢中里スキー場の駐車場に車を止めて、車内で仕事をしていた。

 湯沢中里スキー場は、越後中里駅の駅前にある。駅ビルがそのままスキーセンターになっているのだ。
 駅ビルの中には温泉レストランなどがあり、温泉は無料である。

 http://www.yuzawa-nakazato.com/winter/

 温泉と駅が併設されている施設はいくつかあるが、無料と言うのは、おそらくここだけではないかと思う。
 つまり、列車で越後中里の駅で降りれば、そのまま無料の温泉に入ることができるわけである。
 ただし、越後中里に停車する上越線各駅停車の列車は、冬季は一日あたり上り8本下り10本程度(越後中里止まりで折り返しを含む)なので、温泉に入るだけの理由で駅に降りても、時間を潰すのに困るかもしれない。

 越後湯沢駅前にある湯沢中里スキー場には、旧型客車を利用した無料休憩所が置かれている。
nakazato.jpg 

これと同じように廃車になった客車を店舗や簡易宿泊所に使っている施設が、以前は日本中に合ったが、その多くが老朽化のために取り壊されてしまった。

 この湯沢中里スキー場の旧型客車は、台車や足回りの部品ものそのままの状態で残されており、車内も客車の雰囲気を残したままなのだが、さすがに傷みが見えてきた。
 いつまで残っているかわからないが、内部に入れるのは、冬季のスキーシーズンだけなので、客車マニアの方がいれば、ぜひとも見に行って欲しい。今なら無料で温泉に入ることもできる【笑

 さて、小説講座の5回目は、読者をその場所に連れて行く文章の書き方について簡単に説明してみようと思う。

 以下の文章は、以前IRCチャットの「もの書き」で、小説の書き方と題して書いた文章であるが、ここに再録してみた。

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物語を書く前に脳内に「引き出し」を一杯作ると便利である、ということはよく言われていることです。
 では、その「引き出し」とはどんなものを言うのでしょう?
 知識や、情報、武器や機械のスペック。
 そのあたりのことを「引き出し」だとお考えの人がいるかもしれませんが、そういった「事典の項目」のようなものだけが「引き出し」ではないと私は考えています。
 たとえば、どこかで見た光景の情景の記憶だとか、手触り、物音、寒さ暑さという「五感の記憶」も大事な「引き出し」だと思います。
 なぜなら小説を書くとき、作者は、その小説の舞台に読者を連れて行かねばならないからです。
 「夜の繁華街の裏路地にうごめく異形のもの」が出てくる話ならば、文章で、そこに「夜の繁華街の裏路地」を創り出し、そこに読者を連れて行かなくてはなりません。
 実際に「夜の繁華街の裏路地」に行ったことの無い読者も含めてです(w
実際に行ったことの無い人間を、どうやれば、行ったような気分にさせることができるのか。それは「連想と想像」にヒントがあります。
 ここで必要になるのが「引き出し」の中身です。
 今まで見てきた実際の裏路地の光景や、テレビ映画の中に出てきた「裏路地」の映像の記憶。
 これのなかにある「裏路地」を構成しているありとあらゆるものを、どれだけ思い浮かべることができるか。
 そこに自分が立っているとして、目の中に入るもの、耳に聞こえる音、匂い 風、 温度、そういった「五感の作用によって感じるであろうもの」をどれだけ引っ張り出して来れるか、それが「引き出しの中身」なのです。
ためしにちょっと並べてみます。「繁華街の裏路地」という場所をイメージさせる「要素」です
「四角く切り取られた空(夜空)」
「饐えた生ゴミの匂い」
「うろつくドブネズミと野良猫」「ビルの裏にある通用口のドアの脇に立てかけられたボロボロのモップ」
「ポタポタ水が漏る水道の蛇口の下に転がるひび割れたポリバケツ」
「非常階段の錆びた手すり」
「酔っ払いの吐瀉物が白くこびりついたアスファルトの路面」
「通り一本入っただけなのに妙に静かに感じる」
「遠くで聞こえる救急車のサイレン」
「ビルの隙間から見える高層ビルと、その屋上に点滅する赤い警告灯」
「表通りに面した小奇麗な顔とは正反対の薄汚れた壁面を見せる雑居ビル」
 ……と、まあこんな感じの「情景の要素」が私の引き出しの中から見つかりました。
引き出しをひっくり返せば、もっとこまごまとした物が見つかるかもしれません(w
  こういった「作者が書いた光景」と「読者が思い浮かべるであろう光景」とが脳裏で一致したとき、読者はそこに「リアル」つまり臨場感を感じるわけです。
 でも、その臨場感を与えるために書くべき分量は一行からせいぜい三行どまりでしょう。
それ以上ずらずら書き並べても冗長になるだけです。
「ぴったりの一言」とは、そのことを言うわけです。
  小説を書くために必要な力は、まず「観察力」そして「記憶力」次が「文章表現力」の順番だと私は思います。
 想像力は「観察力」に付随するものでしかないと私は思います。 なぜなら「この世に無いもの」であっても、それは観察力の結果蓄積された既存のものの要素の組み合わせで表現できるからです。

たとえば、この世に無い「スペースコロニーの夕暮れ」を書くとしたら私ならこう書きます
 

居住区の両側にある採光口の地平近くから、角度を調節された黄色い太陽光線が差し込んでいる。
僕のまわりにある草の表が、すべて金色一色に輝く上を風がさざ波のように渡ってゆくと、僕は自分が湖の水面に立っているような気がした。
遠く中央の無重力区に浮かんだ積層雲の縁が黄色く染まっているのが見える。
調光用のミラーの角度が、さっきよりも浅くなったのだろう、地平線から差し込む太陽光線は、さらにその力を失ってゆく。
コロニーの中に急速に暗闇が忍び寄っていた。
僕は息を殺して採光窓を見つめていた。
そして、太陽の光の最後の輝きが窓の縁から消えたその時。
一瞬にして採光窓に夜が訪れた。
「星だ」
僕と彼女は、採光窓の四角い空いっぱいに広がる満天の星空を振り仰いでいた。

 ……どうでしょう? スペースコロニーの中の夕暮れ感が出ていましたでしょうか?
 この文章の元になった「引き出し」の中身は
「夕暮れの草原で見た景色の記憶」
「温室越しに見上げた空の記憶」
「プラネタリウムを見た記憶」
 というものです(w


 既存の「引き出しの中身」だけでも「この世に無いもの」は描けるわけです。

 「小説を書きたい」と思うのでしたら、まず、この「引き出しの中身」を増やすことを考えましょう。
 世界には、あなたが今まで何の関心もなく見過ごしてきたものがいっぱいあります。
 自分には関係ないもの、興味を持たない物。
 それは今まではあなたにとって、存在しなかった物なのかもしれません。でも、小説を書くということは、その「あなたにとって存在していなかった物を含む、そこにある世界すべて」を創り出さねばならないということです。
 自分にしか興味が無い人、好奇心の無い人、世界が狭い人
こういう人は自分を主人公にした「私小説」を書くには向いているかもしれませんが、他人を楽しませる「エンタティメント小説」を書くには向いていません

  引き出しを増やす。
 引き出しの中身も、そして引き出しの種類も。

  これがすべての基本だと私は思っています。

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 読者をその場に連れて行け、と言う言葉の意味がお分かりいただけただろうか?

 次の講座では、その「情景を思い浮かべるための要素」を思いつく訓練方法。
「文章でのスケッチ」について簡単に解説してみようと思う。

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