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アーチェリーの速射動画、矢継ぎ早とはこういうこと

知り合いから「面白い動画があるから見てごらん」と言われて確認したら、下のリンク先の動画だった。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=f8Jz-7eeCv4#!
 
 女性がアーチェリーで、次から次に矢を発射する動画であるが「背負っている矢に手を伸ばす」「矢を取り出す」「つがえて弓を引く」「矢を放つ」までがすべて一連の動作の中に納まっている。
休む暇も無く続けることを「矢継ぎ早に」という形容詞で表すことがあるが、これがその「矢継ぎ早」という言葉の語源である。

 動画を見ていただくとわかるが、的までの距離はそれほど遠くないし、的となっている毛布も大きい。
 だが、毛布のサイズは人間の身体の大きさと、さほど変わりは無いし、距離も、いわゆる砦レベルの防壁を考えれば、妥当な距離である。

 戦闘シーンを思い浮かべるとき、普通の人はどれくらいの距離を思い浮かべるだろう?
 百メートル以上の距離を隔てて撃ち合う、という感覚は、銃器が発達した近代になってからの常識である。
 銃器が発達する以前の、刀や槍、弓、というレベルの戦闘は、はるかに距離が短い。短いどころか直接のぶつかり合いである。

 そういった時代、たとえ十メートルほどの距離であっても、離れたところから攻撃される恐怖と言うのはかなりのものだろう。
 ましてや矢は、たった一本で一人の兵士の戦闘能力を失わせることができる。
 多勢に無勢で囲まれた城砦の防衛戦では、実に効果的だったのは、間違いない。

 私が書いている「ご主人様は山猫姫」の主人公「泉野晴凛」は弓の名手と言う設定であるが、弓を教わって数ヶ月で名人になると言う描写を「ご都合主義」と叩かれた。
「そんな馬鹿なことがあるわけない」というわけである。
なぜ「そんなことがあるわけない」と思うのか、というと、その根拠は「主観」である。「私がそう思うから」というのが理由である。
 
 だが、本当にそんなことはありえないのだろうか? 

 私はそうは思わない。私はそういう人を知っている。私が知っているのは「弓」ではなく「ピストル」だが、警察学校に入校して、ピストルを23メートル離れた標的に向けて10発撃って、いきなり80点を記録した人間……つまり私である【笑

 警察官になるまで、ピストルなんてものは持ったことも無ければもちろん撃ったことも無い。だが、なぜか命中させることができたのである。
 結局卒業時の検定でけん銃上級を取得し、講習を受けて助教の資格を得た。

 弓とピストルは違うかもしれないが、共通点がいくつもある。その最大の共通点は、どちらも、人間を相手に訓練をするのではない。という点である。

 狙うのは的であり、相手は自分である。自分の力で精神力と集中力をいかに高めるのか、というのが、射撃の訓練なのだ。

 格闘技はそうは行かない、相手にするのは人間であり、防御と同時に攻撃を行わねばならない。何よりも必要なのは敵の攻撃をかわす「速さ」と敵に攻撃をかわされない「速さ」であり、瞬発力を取得しなくてはならないから、当然トレーニングはハードになる。
「そんなことができるわけがない」と思う理由の多くは「【俺には】そんなことができるわけがない」という思い込みである。

 ホントかどうか、ぜひ一度やってみることをオススメする。
 
 百聞は一見にしかず、百見は一行にしかず。

 百回聞いても一回見て知ることには、かなわない。
 そして百回見ても、一回やってみることには、かなわないのである。

 本日の広告は「オイゲン・ヘリゲル」の「日本の弓術」である。
 オイゲン・ヘリゲルはドイツ人であり、日本に来て弓道に興味を持ち、そして修行によって会得した人物である。
 ドイツで近代射撃の技術と理論を学んだ彼は、その理論と技術とは全く違うアプローチの仕方に迷い、困惑しつつ、それでもなお、弓の魅力に惹き付けられた。
 論理と検証を重ねた西洋合理主義の視点から日本の弓を解説した、実に面白い本である。



日本の弓術 (岩波文庫)

日本の弓術 (岩波文庫)

  • 作者: オイゲン ヘリゲル
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1982/10/16
  • メディア: 文庫



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