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文化と知性とは記憶のことなのかもしれない。

身内の事を少し書こうと思う。

別に露悪趣味があるわけではない。私の身の上に起こった出来事が、おそらくこれを読んでいる、まだ若い人の将来の上にも起こるかもしれないからだ。

私は1958年生まれである。昭和で言えば33年生まれ。東京タワーが作られた年でもある。
小学校入学時に東京オリンピックがあって、中学一年の時に大阪万博があった。
いわば日本の高度成長の恩恵を一身に浴びて育ってきた世代だ。

父は大正生まれ。母も大正十五年、つまり昭和元年の生まれである。

父が69歳で脳梗塞で倒れたために、静岡の実家を処分して埼玉の私の家の隣に父の家を建て、父が死去したあと、母と兄は隣の家で暮らしてきた。

母がおかしくなったのは、同居の兄が脳梗塞で倒れてからである。
兄が入院した直後に、母も心臓発作で入院してしまった。
幸いにも兄はリハビリの結果、左半身に少しマヒが残る程度で、自力で生活できる程度には回復したが、母はなかなか回復しなかった。

それでも何とか回復して母が退院してきたのは、約一年後。
この頃から、少しずつ母の痴呆が進み始めた。

曜日と時間の感覚が失われ、自分の家の間取りを忘れる。
良く、マンガやドラマで「自分が食事したことを忘れて、メシはまだか? と聞く老人」という老人のパターンがあるが、あれは、誇張でもなんでもなく、本当のことなのだということを
初めて知った。

着替えや食事の世話をする妻の顔を忘れ、家政婦だと思い込む。
夜中の三時に「散歩に行きたい」と言い出す。

このあたりなら、まだ笑い話で済むが、トイレに五分おきに行くようになってしまったのには参った。

本人はさっき自分がトイレに行ったことを忘れているのである。
ひどいときは、ベッドから起きてトイレに行き戻ってくる途中でまたトイレに行くのだ。

これを寝ているとき以外繰り返すのである。
睡眠時間も短く、二時間程度しか寝ない。
二時間寝て、三時間ほどベッドとトイレの往復を繰り返し、また二時間寝る。

そのたびに、家人を呼ぶのである。

去年の暮れからこういった行動が始まり、心臓が悪かった兄が再び入院することになり、私と妻が二交代で24時間付き添うことになった。
正午時頃私が起きて、そのまま翌朝の五時まで母と共にいて、午前五時に妻と交替して正午頃まで寝るのである。

これを三ヶ月ほど続けていた。
これは私が在宅勤務、つまり作家業だからできたのだと思う。

母の徘徊行動が始まってから、福祉課を通じ、施設を当たっていたのだが、どこも一杯で、なかなか空きが無く、この4月にやっと、痴呆老人の保健医療センターが受け入れてくれた。

独身の兄が倒れ、心臓の持病のために歩き回ることも苦しいという状態になったまま、そこに痴呆の進んだ母を抱え込むという、まさに踏んだりけったりの状態で、このままの状態が続けば、私も妻も共倒れになりかねないところだった。

もともと半分引き篭もりのようなもので、家で原稿を書いているのだから、兄と母の面倒を見ながら、原稿を書くというのは簡単だろうと思っていたのだが、そうはいかない。

原稿を書くというのはこれはこれで、集中力を使う作業なのである。

その集中力が続かないのだ。
書いている最中に作業が中断させられると、パソコンの前に戻ってきても、なかなかもとのテンションに戻らないのだ。

なんというか、小説を書くという作業は、その作品世界に没入することでもある。
視点人物になりきって、そこで見えるもの、そこで考えることを作者がトレースするような部分がある。

そのトレース作業を、母に呼ばれると中断しなくてはならないのだ。
トイレの手伝いをして、ベッドのところまで連れて帰って、さて、パソコンの前に戻ると。

すっかりトレースが外れている。
文章を書いても、なんというか「書いているだけ」という状態に戻ってしまうのだ。

必要な情報は書いてある、読める、だが、どこか違うのだ。
これが続くと、書き進む速度が、がたん、と下がる。

十分おきに私を呼び、トイレに行きたがる母を見て、悲しくなった。
母は学歴こそないが、聡明で、洋裁が得意で、子供の頃、私と兄の服は母の手作りだった。
経済的理由もあったのだろう。昭和三十年代の終わり、まだ日本は裕福でも何でもなかった。

知性とは記憶である。人間が物事を判断する基準は経験であり経験とは記憶である。
記憶を失えば、人は子供に戻る。それをすればどうなるか、それをしなければどうなるか、それを知らない存在に戻るのである。

知識とは記憶である。
文化とは知性の蓄積であり、記憶の蓄積である。

何かを思いつくためには、知識が無くてはならない。いくらネットに情報があろうが、ハードディスクに蓄えられていようが、、思いつかねばならないときに、記憶の中にその情報がなければ、何の役にも立たない。

知識を蓄えることを馬鹿にして「そんなのネットで検索すればいいじゃん、覚えるなんて非合理的だ」と思う人は別にそれで構わない。

だが、人間の記憶はまだネットと直接リンクしているわけではない。
ものを考える、思考する、思いつくための作業領域である自分の脳内に、データや情報が入っていなければ、考えることや思いつくことはできない。

そして、そうやって思いついたもの、それは、何かに残さねば消えるのだ。

私が死ねば、私の脳内にある作業領域も知識もすべてが無に還る。
死なずとも、脳が衰え、痴呆が進めば私もまた母と同じように、五分前のことを忘れ、子供のようなメンタリティに変わっていくだろう。

文明とか、文化とか、そういうものは、そういった一人一人の人間の記憶、知性の記録の積み重ねだと思うのだ。

たとえ、自分が死んでも、どこかに残ればそれはこの2013年の時代の記録となって、どこかに積み重なっていく。
文明のひとかけら、一つの要素になる。

書きたい物語があれば書こう。
書きたい論があれば書こう。

書かねば消える。
書けば残る。

その単純にして簡潔な結論に行き着くのだ。


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